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第123話 奥様のものではない薬

Auteur: 花柳響
last update Date de publication: 2026-08-28 06:00:56

 瀬里奈の微笑みが、初めて目元から剥がれた。

 ファイルの中で、配送控えの端が照明を返す。

 差出人欄には、白鳥家ではない会社名が印字されていた。

 私は会社名を一字ずつ追った。母の指輪へ伸びかけた指は、ファイルの端で止めた。

 差出人欄の会社名は、小さかった。

 フォントも薄い。見落とされることを前提に、目立たない位置へ置かれた文字だった。

 東都メディカルサポート。

 東都商事の名を直接は使っていない。けれど、港町の倉庫で見た帳簿には、その名前が何度も出てきた。東都商事の関連会社。医療品配送を名目に、別のものも動かしていた会社。

 相沢が資料を読み上げる。

「当時、東都メディカルサポートは白鳥家の取引先ではありませんでした。しかし、東都商事の子会社として、有馬グループの一部物流も受託しています」

 悠真の顔がかすかに動いた。

 これまで彼は、後方の席で企業人らしい顔を保っていた。謝る場所を探しているようで、でも自分から前へ出るほどの覚悟はない。そういう顔だった。
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     私は決裁用紙を引き寄せ、システムが整うまでの仮の手順と六月末の期限、そして万が一危ない原稿が来た時は私の判断で差し戻すことを自分の字で書き込んだ。今すぐ助けが必要な子たちの手を離さないために、書面で二重の歯止めをかけておくしかなかった。「承知いたしました。柏木代表のところは実績も豊富ですし、書面で指示を出せばきちんと対応してくださるはずです。私の方で送付フローを整えておきますね」 藤崎さんは頼もしく頷き、書類を抱えて自分のデスクへ戻っていった。 その週の木曜日、午後の面談室で奨学生を待っていると、控えめなノックの音がした。 入ってきたのは小宮遥さんだった。春から看護系大学に通い始めた十八歳。まだ高校生だった頃、面談室で制服の袖をいじっていた姿を覚えている。「こんにちは、白鳥さん。お時間いただいてすみません」「こんにちは、小宮さん。どうぞ、好きな方の椅子に座ってくださいね。大学の授業は、少し慣れましたか」 私が温かい麦茶のカップを置くと、遥さんは入口に近い椅子に腰を下ろし、少しだけ肩の力を抜いて微笑んだ。「はい。解剖学の教科書がすごく重くてびっくりしましたけど、毎日楽しいです。基金の奨学金のおかげで、教材も全部揃えられました」 基金の正式な支援台帳には、小宮遥さんの氏名と連絡先を記録している。今回、提携先へ渡すのは管理番号を付けた仮名の実務票だけだ。その票に載せる内容も、遥さんに確認してもらう。本人が同意したからといって、何でも渡していいわけではない。「今日は、明日灯ネットワークとの連携で使える、学生向けの住居・生活相談と病院実習の情報について、小宮さんの希望を聞いておきたかったんです」 私が説明用の用紙を広げると、遥さんの指先が、無意識にカーディガンの袖口へ触れた。高校生の頃からの緊張した時の癖だけれど、以前よりは動きが小さい。「お母様からも連絡がありました。大学生活を心配なさっているようですが、面談内容はお伝えしていません。小宮さんは、今後の連絡をどうしたいですか」 遥さんの母親――小宮美和さんは、進学前に基金へ『奨学生候補辞退のご相談』というメールを送ってきた保護者その人だった。 母子

  • 婚約者を奪った妹が泣き崩れた夜、御曹司は私に跪いた   第239話 まだない鍵

     月曜日の朝、基金の事務室には新しい机が一つ増え、新しく採用した事務局員の藤崎結衣さんが着任した。 二十七歳になる藤崎さんは、以前は中規模の財団で助成金の精算や報告書作成を担当していた実務経験者で、黒髪をきっちりと束ねた仕事のできそうな女性だった。「本日よりお世話になります、藤崎結衣です。報告書の整理や外部との連絡を担当いたします。よろしくお願いいたします、白鳥代表」「よろしくお願いします、藤崎さん。わからないことがあれば、いつでも聞いてくださいね」「代表」と改まって呼ばれることに、私はまだ少しだけ気恥ずかしさを感じていた。それでも、山積みになった申請書類や外とのやり取りを前にすれば、彼女の存在は本当に心強い。 藤崎さんは初日から驚くほどの速さで仕事を覚えていった。少し早口でテキパキと書類を仕分け、昼過ぎには早速、明日灯ネットワークとの連携手順で気になる点をメモにして私の机へ持ってきた。「代表、明日灯ネットワーク様との共同事業について、一つ確認してもよろしいでしょうか」 藤崎さんは手元の手順書を指差した。「外向けの活動報告を出す際、うちの基金と先方の両方が画面上でOKを出さない限り配信できない『二重ロック』の仕組みが、まだ完成していないんです」 藤崎さんが示したのは、先方の配信システムと私たちの事務室のやり取りをまとめた図だった。「システムの工事が終わるのを待つと、連携を始められるのが夏以降になってしまいます。そうすると、この春に入学したばかりの奨学生への住居相談や研修紹介もすべて遅れてしまいますが、どういたしましょうか」「夏まで待つと、今住まいやアルバイトで困っている子たちの相談に間に合いませんね……」 私は手順書と、手元の奨学生たちの面談予定表を見比べた。 地方から出てきたばかりの学生たちにとって、安全な学生マンションや病院実習の窓口は今すぐ必要な助けになる。けれど同時に、佐伯さんから言われた「手続きのほころび」という言葉も胸の奥に引っかかっていた。「藤崎さん。その二重ロックが六月末に完成するまでの間、仮のルールとして、外へ出す原稿は必ず事前にメールと書面でこちら

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